朝市野菜便(5/7)



 5月うまれということもあって、この時期が一年で一番好きな季節です。晴れた日には薄着になって、太陽のひかりを浴びる、ただそれだけのことが、ひたすら幸福に感じられます。

 春から初夏にかけては花の季節。毎朝直売所では無造作にうつくしい花々がバケツに入って売られています。値段もあまりに手頃なので、目にするとつい、手に取ってしまいます。白や薔薇色の芍薬、さわかに匂う梅花うつぎ、淡いみどりのクリスマスローズ。部屋にはどんどんガラスびんにいけられた花が増殖してゆくのですが、それもほんのいっとき、今だけの風景なのだと自分に言い聞かせて、こころのままにに花を買う日々です。

 たべものをめぐる活動をはじめてちょうど10年、ようやく自分たちの工房を持つことができました。とはいっても自宅の一角の、ささやかなスペースです。思いがけず飲食の営業許可とれたので、ならばと週に一度お店をひらくことにしました。水曜日の11時から4時、5月11日にオープンします。昼ごはんやお茶、甘いものをご用意してお待ちしています。みなさま遠方におすまいなので、ついでというわけにはいかないかと思いますが、どうぞおあそびにいらしてください。

 お昼ごはんは南インドカレー、今週は南インドの代表カレーのサンバールをこしらえようと思っています。豆乳でつくったカード(ヨーグルト)、ゆずのアチャール(漬け物)、それからフレッシュサラダを添えて。グラノーラには小粒のいちごとヨーグルトをたっぷりのせて。いちごのスムージーもおいしそう。夏になったら、ぜひともフローズンピナコラーダをつくりたい!もしかしたら、かき氷も。と夢はひろがるばかりです。お店、というよりも友人の田舎の家にあそびにきたような、そんな気分でのんびりと過ごしていただけたら、と思っています。

    野菜はいよいよ山菜がおわりに近づき、グリーンピース、そら豆、きぬさや、スナップえんどう….と豆、豆、豆...春がおわって、初夏の味です。でも、豆もほんのいっとき...夏野菜の気配がじわじわと感じられます。先日は、山菜のラストスパートどばかりに、たらの芽を天ぷらにしました。あらかじめうすく粉をはたいて、氷を入れた冷たい衣をつけて、さっと揚げます。はじめて目にした「セン」という苦味と甘みのあいまった山菜は、扇のようにたたまれた葉のみどりがうつくしく、春のあざやかさ、の味でした。成長して葉の茂ったたらの芽とうどはよく炒めてみそであわせて、ごはんにのせて、海苔をまいて、あるいはお弁当のすみに。地味ですが、力強い味です。

※野菜は次のうち8種類ほどが入ります。
うすいえんどう
そらまめ
きぬさや
リーフレタス
香菜
玉ねぎ
ズッキーニ
ゆでたけのこ
ゆでわらび

朝市野菜便(4/23)



 いつもは忘れているのに、その季節になって目にした瞬間、「そうだ、これが好きだったんだ!」と毎年おどろきをもって感じる花が、芍薬(しゃくやく)です。常から地味な花にこころひかれるのに、どうしてあでやかともいえる芍薬に魅せられるのか、不思議だったのですが、おそらく、つぼみの状態から花開くまでの、スローモーションのような変化が理由なのではないか、と思い至りました。

 いかにもかたくなな様子のつぼみは、ひらくことなく切り花の一生を終えてしまいそうに見えるのに、ある日とつぜん、ほどけるように、開きはじめるのです。すこしずつ、けれども圧倒的な説得力をもって幾重もの花弁がひらいていくさまには、ただ胸を打たれます。花そのもののうつくしさよりもその過程に惹きつけられているのだとわかったら、これまで目にするたびに買わずにはいられなかったことが、腑に落ちたようにおもうのです。

 芍薬は5月の花、と思っていたのにもう直売所に並び始めたのを発見して、花屋でみるものよりかはずいぶんと小ぶりのつぼみが3つほど入った一束を、考えるよりも早く手に取っていました。冬の花だとばかりおもっていたクリスマスローズも一緒に。クリスマスローズは、植わっている状態よりも切り花のほうがうつくしい、とおもっています。葉のたくさん繁った様子や、花が多く咲きすぎるところが、やや節操なく感じられるのですが、切り花にして2、3本を水に差すと、にわかに透き通るような詩的な存在感を放つのです。でも、あるいは自分でクリスマスローズを植えたなら、そのふんだんに咲く花をうれしく感じるのかもしれません。

 ここのところ、近所にある大学の図書館に通っています。「ピアノの森」という漫画のとりこになってしまったのがその理由です(最近の大学図書館には良質な漫画もあるのです!)。ショパンピアノコンクールの場面が長く続くので、かつてよく聞いていたCDをひっぱりだしてきて、ショパンのピアノ曲と「ピアノの森」の世界を行き来する日々でした。

 朝早い時間の図書館の人気(ひとけ)のなさは、また格別です。ひとがいないパブリックな場所には特別な魅力があります。早朝の神社、ヨーロッパの美術館のすみにあるひっそりとした階段、だれも乗っていない電車の車両。京都の河合寛治郎記念館に、閉館30分前についたときも、係の人以外だれもおらず、河合寛治郎の邸宅をその半時間独占させてもらい、思いがけない贈り物をもらったような気がしました。

 普段にぎわっているような場所でも、なにかの偶然が重なって、ひそやかな空間が実現されることがあるようです。その場所に、その瞬間、どうやってたどりつけるのか、たしかな方法はないのですが、もしかしたら、心を澄ませて日々を過ごしていたら、忘れたころに、「その瞬間」がやってくるかもしれないとも思うのです。

※野菜は次のうち8種類ほどが入ります。
野ふき
リーフレタス
小松菜
スナップエンドウ
新にんにく
新玉ねぎ
大根
赤大根
うど
たらの芽
ごぼう
きぬさや
ラディッシュ
クレソン
コリアンダー
茹でわらび

朝市野菜便(4/16)



 春がきて、さくらが咲いてそして散って、あざやかとも言える速さで初夏がやってきました。初夏はいちばん好きな季節です。春のなごりはみじんもなく、夏のうだるような暑さの気配も感じさせず、ただ、「夏を予感させるみずみずしいエッセンス」だけが詰め込まれているように思うのです。

 初夏がいちばん好きな季節ならば、いちばん好きな色は新緑の色です。新緑の色、とひとことで言ってしまうにはおしいほどに、その色彩は多様です。さまざまな、あのグラデーションをあらわすことばを、あるいはいにしえのひとびとは持ち合わせていたのかもしれませんが、いま、わたしがこの色ーその色を眺めているだけで世界に祝福されているような気持ちになってしまうーを呼ぶのにことばをあてはめるとしたら….芽吹きの色、萌える色、木々のはじまりのみどり...と、とりとめもなく、考えてしまいました。

 透明感をたたえたみどりの葉を、初夏特有のひかりが照らす時間は、特別に感じられます。季節のうつろいも、芽吹きも、毎年繰り返されていることではあるはずなのに、他に代えがたい一瞬のように思えるのです。その高揚感は、わたしに「もう、この瞬間を目にできたのだから、もうこれからどうなってもいい」と思わせるほどです。初夏のすこやかさやまっすぐさの奥には、わずかなあやうさがあるようです。

 この時期おいしいのは、なんといってもお酒です。友といっしょに飲む泡の立つお酒、夕ご飯の支度をしながら今日のおかずをつまみながらの冷えた日本酒。もし、久方ぶりに友と会うのであれば、昼間から「いまだけ」の初夏の空気の中で、アルコールをたのしみたいという衝動にかられます。初夏はもしかしたら再会にいちばんふさわしい季節なのかもしれません。なんの特別なおつまみも、しつらえもいらず、ただ、その季節のただなかに身をひたしながらいただくお酒、というのになぜだか強烈な魅力を感じます。

 でも、もちろん、おいしいおつまみがあったら、さらにだれかがそれを用意してくれたなら、こんなうれしいことはありません。
メキシコ料理が得意な友が、ワカモレやサルサ、エンチラーダをつくってくれたなら。飲み物は軽いコロナビールにライムかレモンをしぼって。天女のようにうつくしい友が、無造作に日本酒を湯のみについで、おもむろにさばの缶詰をお皿にあけて、細ねぎを刻んで、ほっそりとした手で散らしたなら、そのギャップにノックアウトされてしまいそう。さらには、都会の昼間、オープンテラスのレストランで、グラスシャンパンを飲みながら、イタリア料理なんぞを食べてみたいなあ、と山の萌える木々を眺めながら、おもうのです。

※野菜は次のうち8種類ほどが入ります。
サニーレタス
小松菜
せり
葉玉ねぎ
きぬさや
春大根
山うど
ほうれんそう
たらの芽
ふき
ぎぼうし
のらぼう
ビーツ
文旦

朝市野菜便(4/9)



 春は、なんとなしにそわそわします。ちいさな体に大きなランドセルの一年生も、満開のさくらも、はじめまして、のあれもこれも、ぼんやりしていると、あっという間に過ぎ去っていってしまうように思えるのです。

 春になり、寝過ごすたびに、春眠暁を覚えず...とわかったような風に口走るのですが、この漢詩「春暁(しゅんぎょう)」の全体を知らないことに、思い至りました。

 春眠暁を覚えず しゅんみんあかつきをおぼえず
 処処啼鳥を聞く しょしょていちょうをきく
 夜来風雨の声 やらいふううのこえ
 花落つること知んぬ多少ぞ はなおつることしんぬたしょうぞ

 春の眠りは心地よく、夜が明けたのにも気づかずにいる。
 あちらこちらで、小鳥のさえずりが聞こえる。
 そういえば、昨夜は風雨の吹き荒れる音がした。
 せっかくの花が、どれほど落ちたことか。

 春のねむりは手放しがたいもののひとつで、このまま、いちにちぼんやりとすごしてしまいたい、と幾度思ったことでしょう。もう、なにもかも忘れてしまって、ただ春のあたたかい布団のなかで、ぐずぐずとしていたい。春はなんとなく体がついていかないような、もどかしさもあるし、同時にいろいろなものが駆け抜けていくようなそんな季節にも思えるのです。冬から春へのからだのダイナミックな変化、が理由のひとつかもしれません。

 そんな時期に出回るのが山菜や野のもので、うど、たらの芽、わらび、葉わさびにせり、野蕗も。山菜は、春のからだが必要としているものをもっているようで、味もさることながら、まず、からだがおいしい、と反応します。春の芽吹きの強いエネルギーを体にとりいれることは、季節と、自然と、自分がつながるひとつの方法なのかもしれません。のびやかなおおきなたらの芽は、てんぷらにはおさまらず、ざくざくと切って、オリーブオイルでさっと炒めて塩を振っただけで、すばらしい一皿になったのでした。

※野菜は次のうち8種類ほどが入ります。
わらび
たらの芽
春だいこん
ちんげんさい・のらぼう
葉玉ねぎ
水菜
春にんじん
セロリ
小松菜
若いほうれんそう
野せり
切り干し大根

朝市野菜便(3/26)



 あたらしい土地にうつって、夢にまでみた畑をはじめられることになりました。とはいっても、もう長く放置されていたので、今はすすき野原です。ずい分広いのですが、スコップ一本で3年くらいしたら全体がつかえるようになるかなあ、と思っています。あまりの広さに目眩がしそうなのですが、千里の道も一歩から。ほんの1畳ほどのうねを2時間かけてつくり、手持ちの種を蒔きました。まき時、というものがあるのですが、そんなことは無視して、まきたい種を、好きなようにばらまく、といった感じです。とりあえず、まかなければはじまらない、そんな気持ちでいたのです。

 畑の夢は、ふくらみます。たくさん収穫したいのは、玉ねぎ、にんにく、コリアンダー。わが家は玉ねぎとコリアンダー(の種。カレーに使います)を大量を使うので、それが自給できたらうれしい。あとは、ハーブ類と、それから花。花は祖父の家からもらってきた水仙の球根を植えるつもりなのと、あとは出会ったものを、少しづつ植えていきたいとおもいます。いちばん好きな、バイモユリはぜひとも群生させて、いつか小包にいれられたなら…とうっとりと考えています。あとは、すずらんに、クリスマスローズ、枝ものだったら、利休梅に、梅花うつぎも…

 葉物は適当にまけばたいてい出てくるので、小松菜、かぶ、かつお菜、水菜をまくつもりです。とれたての青菜のおいしさと、食べたいときに摘んでこれる手軽さ、畑にしゃがんで摘むときのうれしい感じ、どれをとってもすばらしく、まだ芽もでていないうちから、畑ばんざい!の気分です。できたら、じゃがいもやさつまいもも植えたいし(獣害が心配)、夏野菜だったら、きゅうりに、いんげん、プチトマト(大きいトマトはむずかしそう)。京都で知った葉とうがらし(とうがらしの葉っぱを食べるのです)も。リーフレタスは、抜いてしまわずに、脇から摘んでゆけば、花が咲くまで食べられます。

 一人分のサンドイッチ用のサラダがいつでも手に入る自由! 冷蔵庫はからっぽ、野菜かごにもなにもなく...でもだいじょうぶ、はたけにゆけば何かしら食べられるものがあるのだから。そんな日を夢見つつ、今日もスコップで土を掘ります。

 端境期とはいっても、オーガニックマーケットにはやさいがたくさん並んでいました。野生のつくしやせり、葉わさびは今の季節ならでは、です。

※野菜は次のうち8種類ほどが入ります。
かぶのぬき菜
葉わさび
ビーツ
レタス
新玉ねぎ
つくし
野せり
小松菜
かぶ
黄金柑
にんじん

朝市野菜便(3/19)



左上から時計回りに、
つくし、きんかん、小松菜、大根、赤ねぎ、蕪の抜き菜、ほうれん草、春にんじん、白菜の花

久しぶりの、野菜便です。
すっかり春めいてきて、菜の花の黄色がまぶしく、やさいもぐんと大きくなってきています。葉ものの味も春めいてきて、つくしやせりが並ぶと、冬がとおい彼方のように思えます。

この1カ月半は、なんともあわただしく過ごしていました。家の改修で、友人が5週間ものあいだ泊まり込みで、想像をかろやかに超える空間をつくってくれました。厨房の水まわりは、ニュアンスのある水色のタイル、朽ちかけていたドアは、見違えるようなすてきなとびらに。別の友人がひろってきてくれた業務用シンクと、知人宅にころがっていた、ちいさな洗面台を据え置いて、壁にはタイかベトナムのような雰囲気の、換気扇も。カウンターはいただいた廃材で雄一郎さん(夫)がつくりました。私は友人に教えてもらいながら、棚を二か所、つくりました。自分でささやかな大工仕事ができると、見える世界がちがってくるように思えます。結局、厨房と客室の営業許可をとるために、買ったのは冷蔵庫ひとつでした。

もともとは、菓子製造の許可だけをとるつもりだったのですが、せっかくならばいらしていただけるような場所にしたいと、週に一度、カフェ、というか、ごはんを食べたり、お茶やお菓子をお出しできるような場を作りたいと思っています。
毎週金曜日、おそらく4月中には開店します。どうぞおあそびにいらしてください。宿泊小屋のほうは、夏前に完成する予定です。

3月のはじめは、ひとりで神奈川に出張に行ってきました。仕事はほんのすこしで、インプットメインの旅でした。

かねてから行きたいと願っていた、藤田一照さんの座禅会は、緑に雨がしたたる中、重厚な空間で行われました。からだの微細な動きを感じることからはじまった座禅会は、まるで、目の覚めるような経験でした。

修道院のような空間でおこなわれた、青木隼人さんのギターの演奏会。雨のふる夕方からはじまり、薄い夜の気配が幾重にも重なる中、ろうそくの淡くも確かなひかりと、繊細なギターの音色がとけてゆき、空間も、時間も、わたしの輪郭さえもなくなってしまうような、そんな不思議な時間でした。

友人宅でおこなわれた「ことばの会」は好きなことばをもちよって、声に出して読む会です。何を、どんなふうに読んでもいいし、感想や思いついたことを、言いたい人がそのひとの言葉にのせる、あるいは沈黙も受け入れてもらえる、自由な会でした。澄んだ味のたっぷりの紅茶と、缶入りの端正なクッキー(自由学園のもの)に手をのばしながら、胸がいっぱいになるような時間でした。

わたしが読んだのは、河合隼夫の「大人の友情」、星野道夫の「旅をする木」、辰巳浜子の「料理歳時記」、志村ふくみの「ちよう、はたり」それから歌人河野裕子の歌と、さいごの日々が書きつらねられたものでした。
本が、ますます好きになりました。

今週のやさい便、お楽しみいただけたらうれしいです。

朝市野菜便(2/20)



 あたらしい家に越してきて、翌々日の朝には、京都から友人が到着しました。敷地内にある小屋の修繕と、営業許可をとるための工房の工事をお願いしたのです。まだずいぶんと若いひとなのですが、聞けば子どものころから物の解体に熱中していたとかで、どうやら工事も遊びの延長線上のよう。とはいっても、仕上がりはうつくしく、こちらのちいさな要望や使い勝手も細やかに汲み取って、廃材や廃物をうまいこと使って、丁寧に時間をかけてやってくれています。なによりも、その過程をすぐそばで感じられるのは、とてもうれしいこと。

 もともとは「大工しごと」をお願いしていたのですが、蓋をあければ、水道の配管(50m!)排水(土木工事!)、電気の配線、タイルはりに壁塗り、果てにはウッドデッキまで作ってくれるとか!(その間にも「オーブンの天板を2枚のせられるようにしてください!」とか「精米機が壊れて困っているんだけど...」などのリクエストが浴びせかけられます)

 とにかく魔法のような(けれども作業はあくまで地道)、大工兼配管工兼電気工兼左官屋さんなのです。 小屋の屋根からかろやかに飛び降りた(あぶない!)かと思うと、火花をちらして金属を切断していたり、台所の水道がいつの間にか使いやすくなっていたり、そして夜にはムビラ(ジンバブエの繊細な楽器)を弾いてくれることも。おやつに甘いものをお出しするときが、いちばん嬉しそう。そんな「大工さん」との楽しき生活もまだまだ続きます。

 ふきのとうが、あちらこちらで見られる季節となりました。ふきのとうは、冬のつめたい空気の中でも、春がすぐそこに来ていることを知らせてくれます。きざんだ時の、その香りには毎年のことながら鮮烈な衝撃を受け、思わず包丁を持つ手が止まり、思考がとまります。まずは、天ぷらに。それからふきのとう味噌。これはたっぷりつくってお裾分けするところまでがたのしい。お味噌汁の吸い口にしても、きざんで多めのごま油でさっといためてから卵でとじる「ふきのとうの卵焼き」もよいものです。先日友人が遊びにきてくれたときに、お盆にたくさんのふきのとうをおみやげにもってきてくれて、大量のフリットにしてたのしみました。炭酸をいれるとさっくりと仕上がるので、フリットをつくるときは、必ずビールを開けます。揚げたてのフリットをつまみながら、立ったまま友とビールを飲むのも、この世界の確実なしあわせのひとつだと、思うのです。

※野菜は次のうち8種類ほどが入ります。
ちいさな人参
紅菜花(コウタイサイ)
一本赤ねぎ
ロマネスコ
ビーツ
原木しいたけ
ラディッシュ
大根
サラダミックス
小松菜
自生青菜
春菊
里芋

朝市野菜便(2/13)



 晴れの日ばかりの高知の冬ですが、めずらしく雨が降っています。窓のそとはガーゼのようなやわらかな霧がかかっていて、雨音がしずかに響いています。こんな日は、ゆたんぽにあついお湯をたっぷりいれて、すこし虫くいのあるカシミアの毛布(17年前、はじめてのお給料でもとめたもの)をソファーの上にもってきて、ポットにいれたあたたかい飲み物と、読みたい本を3冊(河合隼雄の「大人の友情」、近藤ようこの「五色の船」、村上春樹の「職業としての小説家」どれもすばらしい)とともに、ひがなすごしたい、とおもいます。お腹がすいたら、昨夜の残りのスープにショートパスタを投入してくたくたに煮て、あ、冷蔵庫にチーズのかけらが
あったのだった、それからすこししけったビスコッティも。これもソファーの上で毛布でくるまりながら食べたなら、どんなに幸せな気持ちになることでしょう!

 今週のオーガニックマーケットが中止になると知ったのは、金曜日の午後のことでした。強い雨と風が予想されるため、とのこと。たいへん、みなさんにご連絡しなければ、と慌てた一瞬後、オーガニックマーケットの生産者さんが、わたしたちが越してきたこの町にいらっしゃることを思い出しました。すぐに電話をして、やさいをゆずっていただけないかうかがったところ、よいお返事をいただき、ほっとしたのでした。これまで、やさいを買わせていただいてはいたのですが、なかなかお話しする機会がなかったので、ゆっくりお話をうかがう機会となりました。「オーガニックマーケットが、いま生きがいやき(だから)」、「お金のこと考えたら百姓は割にあわんけど、おいしいっていうてくれるのがいちばんうれしい」と「土のしごと」をする方特有のやわらかな笑顔でおっしゃいます。

 わたしが畑をはじめようとおもっていることをお伝えすると「雑草は敵にまわしたらいかんで、味方につけなければ」と。そんなわけで、今回の野菜はほぼ「青木屋さん」さんがつくられたものです。こんな風に、ピンチが思いがけない時間へと変わることは、やっぱりおもしろい、と思います。予定通りにつつがなく、もありがたく、そうあってほしと思うことが常ではあるのですが、予想外のことはいつだって予想外のすてきなもの、を含んでいるようにおもうのです。 今日の午後、長年夢見ていた出雲大社に出発します。片道電車7時間ほどを、ほぼ日帰りで。巡礼は道中が真髄、とはこのあいだの熊野に行ったときに感じたことでした。どんなたびになるのか、とてもたのしみです。

※野菜は次のうち8種類ほどが入ります。
原木しいたけ
ごぼう
金時人参
赤菜花(コウタイサイ)
小松菜
大根
切り干し大根
大豆
ふきのとうみそ

朝市野菜便(2/7)

一週間前に、あたらしい土地に住まいをうつしました。高知市から、東に一時間ほどの、大きな川がながれる、山のふもとの土地です。

 最初にご縁をいただいたときに、いちばん心おどったのは日ノ御子、という住所でした。その地名を聞いただけで、もうその土地にすっかり住む気になってしまっていたのです。日当たりがよく、窓からは山の稜線がきれいに見えます。大きな町が近くにないため、夜になると、星がたくさん見えます。またたく星空と、ふんだんな太陽のひかりがあれば、もうなにもいらない、そんな気持ちにさせてくれる場所に住むことができる幸運に、感謝するばかりです。

 裏にはひろい畑もあり、いま京都から来た友人が、母屋の横にある朽ちかけた小屋を、なおしてくれています。ちかいうちに、漆喰ぬりで、ウッドデッキもある(そこからお茶やお酒を飲みながら空と山と星空を眺めるのです!)感じのよい宿泊小屋ができる予定です。どうぞ、おあそびにいらしてください。

 今年に入って、夢はひろがるばかり。月に幾度かは、食事やおやつをたのしんでいただけるような空間にしたい、地域の方に気軽にきていただける映画会もやりたいし、月にいちどはパンとサンドイッチのお店も!ちいさな音楽会もすてきだし、バーならぬ、夜カフェも町からはなれた場所では魅力的にうつります(なにしろ娯楽が少ないので!)。宿泊小屋は普段はアトリエ(仕事場)にして、気持ちのよい空間で、集中した仕事ができるように。

 そして畑の再開もたのしみです。なにしろ自給できるくらいの広さがあるので、3年くらいかけて、スコップ一本で少しづつひろげられたら、と思っています。野菜便にも、わが家で採れたやさいを少しでも入れることができたら、と思うとこころおどります。それから朝早くの時間に文章を書く時間を持つことができたら、限りなく世界がひろがるようにも思うのです。

 家とその周りだけでなく、今年はいろいろな場所に行ってみたいと思っています。今月にはぜひ出雲に。3月は逗子・葉山にゆきます。4月は京都に行きたいな。夏ははじめての屋久島に。どれも夢見るような気持ちでいるのですが、夢の世界に生きているとおもえば、それが実現するのはあるいはさほど難しいことではないことなのかもしれません。

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次のやさいのうち、8〜10種類

ふきのとう
ビーツ
白菜
赤ねぎ
からし菜
大根
赤大根
原木しいたけ
紅芯菜
ターサイ
小かぶ
かぶ
小松菜
生姜
ぽんかん

朝市野菜便(1/9)

 あたらしい年がはじまりました。去年の12月は、まばたきする間にひと月がかけぬけた感じでした。年が明けて、はじめてのオーガニックマーケットではしっかりと冬の顔をしたやさいがならんでおり、そのみずみずしい力強さに驚きました。白いやさいのうっとりする甘さ、鮮烈な味わいの葉物、シーズンまっさかりの柑橘。やはりここ高知は豊かな地なのだ、との思いを新たにしました。

 冬のおいしいものはたくさんあります。鍋物だったら、白菜をたっぷりと、おいしい豚バラ肉をぽん酢で。ぽん酢はゆずか直七(なおしち)でつくります。収穫から時間がたつと、皮がしなびてみえますが、果汁はむしろしたたるほどで、その外見とのギャップにいつも「あるいは、真実とはこういうことかもしれない」と大仰にも思ったりします。

 冬のおいしいもの。食べ物だったら鍋いっぱいのスープ。家にある野菜をなんでもきざんでこしらえます。山の夜は寒いので、夕ごはんにスープがあるとうれしい。そして、夜中におながが空いたときに、小鍋にスープをとりわけて、ゆでたそうめんを入れて煮直し、醤油とおろし生姜、ラー油を入れます。しずかな夜に、ひとりで食べるしっかりとのびたスープ麺は、実のところわたしの一番好きな食べものかもしれません。こころやすく、なぐさめられるような気持ちがするのです。でも、夫にはすこぶる不評ですし、この話をだれにしても共感を得たことはありません。

 冬に食べたいもの、巨大なバットで盛大に焼いたラザニア!うす甘く仕上げたおしるこ、茹でた猪の骨付き肉を手づかみで。生姜と大根おろしたっぷりのくずとじ麺。ノスタルジックなアップルパイもこころおどります。飲み物だったら、やはり真夜中のホットチョコレート、温めた牛乳にはちみつを入れたもの。そして忘れてはいけないのが薪でわかした白湯。ただやかんを薪ストーブの上においておくだけなのですが、なにかが変容したようななめらかさとやわらかな純度の高さが感じられます。木と、火と、水が融合するとこんなことが起こりえるのだ、とちいさな奇跡を目にした思いです。

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おおきなかぶ
紅芯菜
ビーツ
京にんじん
ほうれんそう
生姜
原木しいたけ
太くて赤いねぎ
東山
干し柿
大根
文旦



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